モナド・レーベル第2弾が、この「マーキュリック・ダンス」('86)でした。青一色のジャケは、よく見るとカーテン・レールのような影があり、そこに白く浮き上がるシンプルな文字ともども大変美しいジャケット。中味の音楽は「ダンス」という言葉に相反するようなノンリズムのボンヤリしたシンセ・サウンドが中心で、ボーカルはもちろん、メロディらしいメロディもない抽象的なもの。

もともと細野晴臣が、仲間達と日本全国の聖地を巡って、その印象を元に作り上げた、いわば「観光音楽」の一貫として作られたもの。それぞれの曲のタイトルは「水と光」「絹の道」「風の国」など、地球そのものの環境を表したものがついています。そして、その副題として「太陽」「水星」「金星」など、様々な星のタイトルも。細野氏の「観光」をビデオにまとめて、そのBGMとして作られた音楽でもあるのですが、タイトルを見ながら、それぞれの曲を聴いても、どんどんイマジネーションが膨らんでいきます。

かねてから好きだったと言うタンジェリン・ドリームクラウス・シュルツなど、ドイツのシンセサイザー音楽にも共鳴する部分があったのでしょう。初期のタンジェリン・ドリームのような、地球、あるいは宇宙というものの鼓動をシンセサイザーでいかに表現するかという、単純ではあるものの、もっともセンスと力量が問われる音作りに挑戦してます。しかし、そうしたジャーマン・ミュージックにあるような独特の暗さはありません。すごく解放的で美しく上品な音です。実際に何となくプラネタリウムで聴きたいような、そんな音楽でしょうか。シンセサイザーをメインに使っている音楽なのに、今聴いても、古臭さは微塵もないのは、やはり細野氏のセンスの鋭さゆえでしょうか。

日本中が高度成長の好景気に浮かれていた頃、誰よりも先に山中にこもり「癒し」を求めていたというのも、常に時代の先を読むという細野氏の真骨頂ともいえる行動だったのではないでしょうか。このアルバムから数えて10年後、バブル崩壊後の日本中で空前の「癒し」が起きるのですから。そういうわけで、「癒し」ブームの便乗品ではない、本当の意味での「癒し」の音楽アルバムです。