ノン・スタンダードを閉鎖し、エピック・ソニーから発表したオリジナル・ソロアルバムが、この「オムニ・サイトシーイング(Omni Sight Seeing)」('89)でした。いわば音楽による世界旅行であり、その案内人が細野晴臣というわけです。環境音楽をもじって「観光音楽」なんて表現されていましたね。ちょうどワールド・ミュージックというジャンルがCDショップを賑わせていた時代に発表された作品であり、この作品も、そうした要素はあるのですが、単純にワールド系とも言い切れない、もっと不思議な感触があるのも確かです。時にアラビックであったりジャズ(!)であったり、アシッド・ハウス(!!)であったりと、相変わらず縦横無尽にジャンルの境界線を飛び越えるような音ですが、流れは実にスムース。ノンスタンダード時代の試行錯誤や研究成果を総ざらいした感もあり、ある種の悟りきったような落ち着きさえ感じます。

打ち込み主体のリズムは、TR−808というヴィンテージ機材を主体としたものですが、YMO時代のようにあえて音を「加工」することなく「素」の音のまま提示することで、逆にキュートなチープさを醸し出す事に成功してます。この時代の多くのワールド・ミュージックが、今聴くとデジタル臭く底の浅い音質だったりするのに対し、このアルバムは、そうした古臭さは皆無。まさに時代を超えた素晴らしい作品であり、個人的には、このアルバムこそが細野晴臣の最高傑作だと思っています。

聴いた事のない人のために、さらっとだけアルバムの内容を紹介しましょう。①宇宙的なシンセに乗って日本民謡江差追分」を歌う14歳の少女のこぶしにウットリしていると②リズミックな16ビートから32ビートへ穏やかに細かく刻む808リズムのテクノはやがてアラビックに変調し③ミニマルなコードの反復リズムが、うねる空の雲の動きを表現し④巡礼の旅に出るような日本の老夫婦をガムラン楽器で表現したようなBGMはやがて⑤エリントンの「キャラヴァン」をビック・バンド・アレンジで打ち込み再現し⑥歌詞は出来たが歌えなかったというインストで小休憩したあと⑦怒涛のアシッド・ハウスは悪夢のようなワン・コードながら、後半はフレンチ・アジアンな旋律で11分にもわたり⑧イーノのようなアンビエントなピアノにウットリして⑨「銀河鉄道の夜」に収められた曲を歌モノにした美しくも儚いラストで夢見るように終わります。文章メチャクチャですね(笑)

そして、長く続いたボクの細野晴臣レビューも今回で最後にします。ご清聴、ありがとうございました。