矢野顕子の80年代、アルバムでいうと「ごはんができたよ」('80)(写真)から「峠のわが家」('86)あたりまでにおける坂本龍一のポジションというのは、そのシンセの音色選びや、奇抜なアレンジも含め、時に「ケンカ売ってるの?」といいたくなるほど愛憎入り混じったような凄まじいテンションを感じさせる存在でもありました。まさに男と女のラブ・ゲーム・・・じゃなかった、シーソー・ゲームですか。この関係は、まるでジョンとヨーコといったら言い過ぎ?そんなわけで名盤「ごはんができたよ」を紹介。

そんな高度な音楽性からは想像も出来ないほど、アッコちゃんがいつも主張していることは「普通でいることが素晴らしいことなんだ」という超平凡主義だということも忘れてはいけません。バックのYMOは、ここでは機械でプログラミングしたビートはひかえめに、ほとんどの曲で「生演奏」してますが、それでもプロフェット5の音色やシンセ・ドラムの音などからテクノな雰囲気は濃厚かも。しかしテクノといっても無機質なものではなく、むしろティンパン・アレイの「その後」を感じさせる熱のこもった演奏に「人力マジック」を感じます。この辺の大らかさと、気難しさのない素直なサウンドがYMOとは異なる脱サブカル的な矢野顕子のポピュラリティーにつながったのではないでしょうか。

一番大切なものは「一番大切な人の夢」だと問う素直なポップス「ひとつだけ」に始まり、初期YMOのツアーで一番盛りあがったというチャイニーズ・ロックンロール「在広東少年」。他の人がカヴァーしたらダサダサになるはずの「青い山脈」を死ぬほどジャジーに決めた後、テクノ・チャンプルーなビートの教授作「TONG POO」(歌詞入る)から、童謡やわらべ歌をプログレッシヴに展開していく「げんこつやまのおにぎりさま」で盛り上がりは最高潮に。そしてタイトル曲の「静かに夜は来る、みんなの上に来る」というサビは、まさに母性愛、人類愛、地球愛そのもの。巷のラブソングで繰り返す「愛」とは次元がまるでちがう「愛」がここには存在します。

そしてラストの「You're The One」で「わたしの愛しい人、あなたの名前が好き」と、世界を動かすものは隣人愛に他ならないと軽やかに提示します。聴き終えれば、アルバム・タイトルが非常にスピリチュアルな響きに聴こえてくるはず。表面的には軽さを装いながら、実はこれは深く感動的な超大作アルバムなのです。というわけで、みなさんも、心して聴いてみてくださいね。