アストラッド・ジルベルトを「歌がヘタだ」とかいってバカにする人も多いんですけど、ボクは大好きなんですね。初めてボサノヴァの魅力を教えてくれた女性アーティストでもありますし、何より歌、というか声が大好きなんです。「親しみやすい隣のお姉さん」的なキャラクターやルックスも相まって、ブラジル音楽初心者には、むしろエリス・レジーナやドリス・モンテイロのような本格派より、アストラッドを薦めちゃうくらいです。従来の英米のロック/ポップスの流れにもスンナリ収まる、あるいは収められた音楽なわけでして、そこが「アメリカに身を売った」と批判されてしまう向きもあるのは確かです。でもアストラッドやミルトン・ナシメントのように米ジャズ・ミュージシャンと積極的に交流する人たちがいなかったら、ブラジル音楽の素晴らしさが今、世界中にこれほど届いているかどうかはわかりません。

さて、アストラッドがアメリカでヒットし始めた頃「ブラジルのナンバー1、オルガニスト」として紹介されマルコス・ヴァリ作の「サマーサンバ」をインストで大ヒットさせたのがワルター・ワンダレイという人でした。エコーたっぷりのクールなオルガン・サウンドは夏を涼しく演出するのに最高で、発売当時は、どこへいってもワルターのオルガンが街のBGMとして流されていたとまで言われています。そしてアストラッドとワンダレイが同じヴァーヴ在籍ということもあって共演して作られたのが今回紹介する「A Certain Smile A Certain Sadness」というアルバムです。

ワンダレイの演奏の特徴として、オルガンをまるでギターのカッティングのようにシンコペーションしながら短くコードを連打するというワザがあります。当然音に「すき間」ができますよね。でも、その間をクールなエコー・エフェクトが包み込むんです。だから、これは確信犯的なアプローチだと思いますね。単音フレーズではなくバッキングのトップ・ノートでメロディを聴かせ、曲を盛り上げるというのも特徴的。ボクの知る限り、これを意識的にやったオルガン・アーティストってワンダレイが最初だと思います。音色はクールなのに演奏はサンバの国らしい情熱に満ち溢れたものだったのです。

そんな最高のバッキングを得たアストラッドも水を得た魚のように伸び伸びと歌っています。ますます夏本番で暑い毎日が続いておりますが、そんな時こそ、このクールなアルバムを是非お試しあれ。