加藤和彦の「うたかたのオペラ」('80)を聴くと、反射的に連想してしまうのがYMOの「BGM」や「テクノデリック」であり、ムーン・ライダーズの「カメラ=万年筆」や「マニア・マニエラ」であったりします。「うたかた〜」にはYMOから細野&ユキヒロの強力リズム隊と大村憲司矢野顕子というYMOサポート組が参加しています。さらにTV出演時にはムーン・ライダーズをバックに演奏もしていたようです。それぞれのバンドでサウンド・カラーは微妙に異なるものの、どこか共通した意識というか、同じような時代の気分だったのではないでしょうか。ヨーロッパの退廃美という言葉がピッタリです。

さらに突き詰めていくと、そのキーワードは「ロシア構成主義」でした。それはジャケットにも反映されています。さらにコード進行もマイナーであることが多く、しかもリズムが極端なほど跳ねない。ソウルフルな16ビートのようなもの、いわゆるファンキーさ(それはアメリカ的ともいえます)を極端に排除したようなカクカクとした「堅い」リズムが特徴的です。細野晴臣は「うたかた〜」のレコーディングで「BGM」のコンセプトを思いついたといわれていますが、彼にとっても、思いのほか加藤和彦の影響力は強かったのかもしれません。

加藤和彦を含む参加メンバーは、みなレコーディングのためにベルリンに滞在しました。そのベルリンで雰囲気を作りメンバーの意思を統一させるというのが、すでにコンセプトでもありました。そのくらい、この頃の加藤和彦と作詞担当の安井かずみの強力タッグに、他に類を見ないほど音作りにおいて「完璧主義」を貫きました。「うたかた〜」は「ヨーロッパ3部作」と呼ばれ、前回のバハマ録音、次回のパリ録音とあわせて聴いていただくと、さらにコンセプトが明確に伝わると思います。

「うたかた〜」はタンゴのリズムで始まりますが、早くもダブっぽい音処理が聴かれ、ノスタルジーと近未来が交差したような不思議な時間軸で曲が進行していきます。安っぽいキャバレー・ソングも、初期クラフトワークのような不気味なインストも、すべてがひとつの物語のひとつの場面という感じの映画的なスリルを感じさせてくれます。後半はサヴァンナ・バンドのようなトロピカルで明るい曲も入っていますが、このあたりの「脱出」っぽい開放感も素晴らしい。さらに歌詞の素晴らしさ。日本のポップス史上、これほど「ロマンチックな大人の恋愛」を感じさせてくれる歌詞は他にありません。

このアルバム以後、デザイナーもこぞって「ロシア構成主義」的なアート・ワークを取り上げるなど、非常に隠れた影響力を持ったアルバムではないでしょうか。加藤和彦は、フォークル時代には、既にビートルズのレコーディング・ギミックに肉迫していたし、ミカ・バンドのグラム指向は海外のミュージシャンにも影響を与えたというし、最新のアンテナをキャッチに、見事に自分の音楽へスマートに反映させる力量を持っている、スゴイ音楽家なのです。