このアルバムは銀色夏生が作詞・作曲した楽曲をアルバムにするために雑誌でボーカルを募集し、選ばれた伊藤七美という全くの素人の少女の歌唱によって作られた作品です。セルフライナーで「彼女の歌声は私の神様でした」と語っていますが、確かに作品の主役は完全に女の子の歌声に尽きます。特に歌唱力があるわけでもなく弱々しい声なのですがピッチは正確。何の飾り気もないけどキュートで素直な歌声が素晴らしい。随所にA&M風味を混ぜるアルバムの編曲はウインク・サービスの長谷川智樹。


「アルバイトのつもりで歌ってください」と募集して夏休みの自由研究のように録音された全10曲は、この時代に量産された他のアイドルのアルバムとはまるで趣が違うものです。そもそも歌っている女の子の顔写真がCDにはない。にもかかわらず銀色夏生が女の子との出会いとアルバムの制作経緯を周密にライナーで語っているのです。聴き手は歌声から女の子の具体的なイメージを想像するしかない。この方法論はある意味でアイドルポップスの究極の形をいっていると思います。


アイドルはデビューすれば当然のように芸能という世界に揉まれ、いろんな意味で変わってきます。ところがこの伊藤七美という女の子は、その後に何か芸能界や歌の世界で活躍したという情報が一切入ってきません。自分の初恋の女性が理想のイメージのままでいたいがために都合良く脳内に記憶の断片が更新されながら蓄積されるように、聴き手は完璧な自分だけの究極のアイドル像をこの作品に投影してしまう。これは優れたイメージゲームです。実際1曲目の「瞬間の片思い」を超えるほど自分の胸を切なくさせるアイドルポップスは他にあるのだろうか、と。