この「増殖」('80)が発売されたころのYMOは、まさに飛ぶ鳥を落す勢いで、ライブ盤「パブリック・プレッシャー」に続いて、なんとオリコン・チャート1位を記録してるんですね。アナログ盤は25センチ盤が組み込まれたダンボール板と、このYMO人形がズラリとならんだ奇妙な写真と、当時小学生だった自分にも、ものすごいインパクトあるジャケだったと記憶してます。さらに恐ろしいのが中味で、企画物といってしまえばそれまでなんですが、純粋な新曲は2曲で、他には「タイトゥン・アップ」のようなソウル・クラシックのカヴァー、教授のファースト・ソロの曲の短い再演、スカの軽いインスト、ジングル、そして間を埋めるのが、このアルバムで一躍有名になったスネークマン・ショーのギャグ。この奇妙な構成がウケにウケて、YMOは一躍小学生の間だでも大スターになってしまうわけです。

もともと「ナイス・エイジ」と「シチズンス・オブ・サイレンス」という2曲はレコーディングされていたのですが、リリースのタイミングを失いお蔵入りになりそうになっていました。そこへ持ち込まれた企画が、このアルバムでした。限定10万枚のお遊びアルバムだったにもかかわらず、テクノ・ポップがお茶の間に浸透し、YMOブームが巻き起こっていたために、予約が殺到、結局は限定解除の通常リリースになったというから、すごい人気だったんですねぇ。

それにしてもスネーク・マン・ショーのギャクの、なんとリズミカルで音楽的なことでしょう。後に「サービス」('83)というアルバムで、三宅祐司率いる劇団SETと再びギャクと音楽のコラボレーションを試みていますが、YMOとの相性でいえば、まちがいなくスネークマン・ショーの方が上でしょうね。とはいえ「増殖」におさめられたギャクは、この時代を反映した時事ネタが多く、大平総理やKDD,林家三平や「若いこだま」といった80年代初頭のキーワードを知らない若い世代には、いまひとつ、この「増殖」のギャクが理解しにくいかもしれませんが、たとえそれらを知らなくても、テンションが異様に高いやりとりを聴いているだけで痛快な気分を満喫できるはずです。そして、そのギャクの実にいいタイミングでYMOのカッコいい音楽が登場してくるのですが、この構築度の高さに、ボクはYMOの、そしてプロデューサー細野晴臣のセンスの良さを感じます。

世間ではテクノ・ブームに火がついたばかりだというのに、YMOは、もうこの「増殖」で、すでにテクノを茶化してします。サウンド的には完全にロックそのものになり、完全に生演奏のものもあります。にもかかわらず、飄々としたユーモア感覚が、実に「テクノ」なんですねぇ。企画物といって軽く扱えない、もしかしたらボクは、これこそ最もYMOらしさが端的にあらわれた傑作アルバムじゃないかと思ってます。