テクノというのはプログラミングのワザが重要な音楽なので、念入りな計画を元に作り上げるような印象もあるのですが、実際には即興でリズムやコードなどを打ち込んで、あとから肉付けしていく作業していく方が予想もつかない面白い音楽が出来る可能性があります。反面センスがないと、つまらなくもなっちゃうわけですが、そこはサスガの細野晴臣。このひさびさのソロアルバム「フィルハーモニー」('82)では、いわゆる「自動筆記」のように純粋に「その日の気分」みたいなものを手癖がついたままシンセサイザーでプログラミングしていくというスタイルで聴かせてくれました。多くのテクノポップのアーティストが「テクノ」であることを辞めたり、スタイルを次々に変えていく中で、あえて「テクノのもう1つの可能性」を追求していく姿はなかなか感動的であります。現在の「エレクトロ」のような音楽は、YMOよりむしろこの「フィルハーモニー」の方に近いかもしれません。

ただリアルタイムでボクが聴いた時には、まだこちらも小学生だったこともあって正直、ちょっと失望感があったのも事実でした。YMOのような緻密にプログラミングされたサウンドが好きだったので、このアルバムの大半を占めるミニマル・ミュージックのように抽象的な音楽や、穏やかな環境音楽のようなアプローチには馴染めなかったんですね。細野氏が短時間で作り上げたという即興曲も、今となってはシンプルさが味といえますが、当時は「手抜きじゃん」と思ってしまったほど(笑)さすがにこれは小学生には理解できなかったなぁ。

ただゲルニカに影響を受けたという「フニクリフニクラ」のような歌モノ、「LDK」や「スポーツマン」ようなファンキーな曲は当時も今も大好きで、ティン・パン・アレイ時代から脈々と続いている細野氏の天性ともいえるリズム感覚を味わえて絶品の仕上がりになってます。

このアルバムは喫茶店を改造したプライベートスタジオで録音されましたが、そうした録音方法も含め、その後90年代以降のテクノ/アンビエント音楽にある「自宅のベッドルーム感覚」を重視した宅録的なアプローチを先取りしているようにも思えます。クラフトワークの「コンピューター・ワールド」('81)のように、テクノというのを単に「未来的」なものじゃなく「日常的」なものとして音のスケッチをしていったような気楽さは、まさに今の時代にこそ響いてくるんじゃないでしょうか。まさに癒しのインテリア家具のような音楽ですね。