70年代イタリアン・ロックが続々と紙ジャケでCD化されています。もう全部買ってやろうかと思ったけど、なにせ金銭的な問題もありまして、かつて自分が買ったLPの「当たり」だけをCDで買い直してます。でも「初回限定」かぁ。すぐになくなっちゃうんだろうなぁ。こういう言葉にマニアは弱い。

イタリアに限らず、プログレというのは厄介な名称ですね。もう「プログレ」と形容されて、ほとんどの人が「あぁ、プログレなの。じゃぁオレには関係ないや」と聴く耳をもたなくなりますから。これこそ悲しきジャンル分けの性です。でも自分も「これはヘヴィメタですよ」「これはヒップ・ホップですよ」と他人に薦められたアルバムを積極的に聴きたいかと問われれば・・・。

ボクがプログレに本格的にのめりこんだのは、「マーキー・ムーン」というプログレ専門誌が87年に出版した「Encyclopedia Of European Rock」というブ厚いカタログ本の影響でした。そこでボクは、アメリカ、イギリスの一辺倒だった狭い範囲での「ロック」という概念が見事に粉砕されてしまうわけです。その本が教えてくれたのは、なにより「世界中にロックはある」という、ごく当たり前な、しかし忘れ去られてしまいそうな事実だったのです。だから、ボクは「プログレ」という音楽的なジャンル分けより「ユーロ・ロック」という地域的なジャンル分けの方が好きです。よくよく考えれば「日本のロック」という、ボクたちにしてみれば当たり前のロックにしても、他の国に住んでいる人たちにしてみれば「辺境地のロック」なのですからね。

そう考えると、blue marbleだって辺境地の音楽なわけです。だから日本のロック/ポップス界でどう見られようとか、どう振舞おうとか、そういうことは一切考えないで活動してもいいんじゃないでしょうか。たとえばイタリアやフランス、あるいはフィンランドギリシャに住んでる学生が、ボクらのことを見つけてくれて、blue marbleを気に入ってくれるかもしれないし、絶対に気に入ってくれる人が世界中にいるはずだと自負しています。そういう世界中に住んでいる物好きでマイナー(笑)な音楽好きの人たちに、blue marbleを見つけて欲しいですね。「世界進出」とか「英語で歌う」とか、そういうことではないのです。たとえリアルタイムで売れなくて無名で終わったとしても、時が過ぎて再評価され再発されベスト・セラーになる場合だってあるし、そういうアルバムこそが、本当に素敵だなぁと思うわけです。

このクエラ・ヴェッキア・ロカンダの「歓喜の時」('74)のように(前置きが長すぎて字数が尽きた・・・)