海を感じさせてくれる音楽。ほんとりと潮風を感じさせてくれる港町の音楽とでもいうんでしょうか。70年代の日本の「シティ・ポップ」といわれた音楽には、どことなくそういう匂いが漂ってくるものが多かったように感じます。そんなハイ・センスな音楽人の心を捕えたアルバムとして、このプロコル・ハルムの「ソルティ・ドッグ」('69)を取り上げてみるのも、案外的外れではないような気がします。

この印象的なジャケットのイラストは、もともとマッチか葉巻の箱か何かを模したものだといわれていますが、おそらく今の音楽好きの人たちにとっては、細野晴臣の「トロピカル・ダンディ」('74)を連想するのではないでしょうか。そのジャケットは、イラストレーターの八木康夫氏が細野氏にプレゼントした絵を元に書き直しをさせたらしいのですが、「トロピカル〜」ということで、どことなく海を横断するような印象と、このプロコル・ハルムのジャケットが結びついてしまったのでしょう(意識する、しないにかかわらず)

その「トロピカル〜」のアルバムのラストは、まるでエンドレスのように波の音とカモメの鳴き声が延々続きますが、そのままプロコル・ハルムのアルバムのタイトル曲につないでしまっても問題ないですね。静かで美しいストリングスが希望と不安を交差させながら、それでも力強く盛り上げていくような壮大なバラード・ナンバー。バラードといっても甘さもなく感傷的でもない。潮風に揉まれながら精神も肉体も鍛え上げられた水夫たちのように、それは男気に溢れている曲です。英国のザ・バンドといわれてしまうあたりにも、彼らのクラシカルな旋律を生かしたロックが甘さの一辺倒ではないことが証明されています。実際にクラシカルとは程遠いブルージーなナンバーも、アルバム中2曲ぐらいはあったりしますし。

細野晴臣がプロデュースしたあがた森魚の「日本少年」('75)も海を感じさせくれる音楽でした。そのアルバムの共同プロデュースにあたった鈴木慶一とムーン・ライダーズの「火の玉ボーイ」('76)のB面も、同様に海を感じさせてくれます。そのアルバムには「ラム亭のママ」という曲がありますが、それはブリジット・バルドーが出演しているフランス映画「ラムの大通り」('72)(ロベール・アンリコ監督)のオマージュだといわれています。そのサントラを手がけたフランソワ・ド・ルーベの音楽こそが、まさに「ソルティ〜」と類似していることで、当時、慶一氏とあがた氏が盛り上がったという逸話もあります。そうした一見無関係ともいえる映画や音楽が、それぞれのイマジネーションの中で絶妙にリンクしたからこそ、日本のシティ・ポップと呼ばれる音楽が成熟されたのかもしれませんね。