1987年に出た邦楽アルバムの中で、ピチカート・ファイヴと並んで、もうひとつ印象深いのがあがた森魚の「バンドネオンの豹(ジャガー)」でした。まるで接点がないような両者ですが、「バンドネオン〜」には高浪敬太郎がアレンジで参加されていたりするので、まったく無関係というわけではありません。あしからず。

世界中に吹き荒れたタンゴ・リバイバルの返答という感じで紹介されたこのアルバムですが、結局、そのタンゴという音楽を前にしても、あの独特のあがたワールドは普遍でした。この人のアクの強さの前には、タンゴさえも単なる素材の一部にすぎません。タンゴがどうしたとかじゃなくて、もう「あがた森魚」が、ひとつのジャンルになっちゃってますから。

美しい女性コーラスの導入部にウットリしてると、いきなりムーンライダーズ白井良明のギターが炸裂するタンゴ・ロックのタイトル曲へ。スローなポルカみたいなラップ(?)の曲を挟んで、タンゴのSPノイズそんままに、モロにタンゴな曲を歌います、かと思えば、チープな打ち込みテクノ・ポップ風の楽曲もあり。特に高浪敬太郎作曲の「博愛(目賀田博士の異常な愛情)」はテクノ時代の初期ピチカート・ファンなら必聴です。犬の散歩しながら歌うような「夢のルナロード」から、クラフトワーク風の「タンゴ超特急」(ヨーロッパ特急ではない)、そして歌詞が泣かのせるタンゴの名曲「誰が悲しみのバンドネオン」は、ゲルニカ上野耕路のアレンジと、いや〜、A面だけでも、相当密度が濃いです。

B面は、何と言ってもあまりにも濃厚なタンゴ組曲「海底十字軍」ですね。さらにご存知ビゼーの「真珠採りのタンゴ」の美しさにウットリしてると、矢野顕子が作曲した「パール・デコレーションの庭」。ふたり仲良くデュエットしております。父と子の愛情物語を綴ったこの曲も、また泣けるバラードです。ラストは鈴木慶一によるアレンジで盛り上がるオリジナル曲「月光のバンドネオン」でクライマックス。やっぱりライダーズっぽい音になってますが。

唯一の難点は、一部ドラム・マシーンの音が、この時代らしくショボイところかな。これだけは80年代の宿命。でも変にゴージャスな音よりチープな方が、この人らしいともいえるんですけど。得な個性ですね(笑)