夜遅くまで仕事でぐったりして家に帰ってきた時、ふっと手を伸ばしたくなるようなアルバムがケニー・ランキンの「Kenny Rankin Album」('77)。ランキンの爪弾く美しいクラシック・ギターの音と極上のストリングスが織り成す究極のメロウネス。なんだか恥ずかしい表現ばかりしてますが、こんなコピーが多かったAORモノとは似ているようで違うような気もしますので要注意です。それはランキン自身のボーカルが、艶やかな声であるにもかかわらず、どこか硬派な印象を残すからでしょうか。スキャットも相当上手いし。この人は、ヘタなジャズ・シンガーやソウル・シンガーよりも、よっぽどウマい。本人も自分はソングライターというよりシンガーだ言っていますが、なのに技量を見せびらかすだけじゃないという、独特の「軽やかさ」は何なのでしょう。

1曲目のハンク・ウィリアムスのカヴァーからして、センスが違います。クールでジャジーなコードを絡ませ、メロディはうねりまくる。この人は基本的に他人の曲のカヴァーが多いのですが、どの曲をやっても彼のオリジナルのように聴こえてしまいます。これほどカヴァーした曲を自分の側に寄せ付けるミュージシャンを、あまり知りません。かといって、気をてらったアレンジなど皆無。言葉は悪いけれど、恐ろしいほど「地味」といってもいいくらい。斬新なアレンジなど無頓着のようで、裏では、実に非常にスリリングなアンサンブルが絡みあっていたりします。でも表面的には穏やかなんですから、もうこれは誰にもマネできませよね。

ジェームス・テイラーのような「お兄さん」っぽいフォーキーな感じも少なく、マイケル・フランクスのような女性にウケるようなロマンチックさにも安易に頼らない。やっぱり硬派というか、渋い印象もあります。キャッチーさに欠けて、いまいちわかりにくいという人もいるでしょう。でも、この「あくまでオレ流」的な強い意志を貫いているあたりに、本物のミュージシャンとしての心意気をボクは感じますね。

とにかくラスカルズの「グルーヴィン」のカヴァーだけでも聴いてみてください。パタパタと刻むブラシの音とクールなオルガンの音、そして巨匠ドン・コスタによる美しくも重厚なストリングスは、それだけで部屋の空気を浄化してくれます。

最近、仕事疲れが多くなって、そのたびに同じこのアルバムばかり聴いてますが、一度たりとも飽きたとか退屈だと思ったことはありませんでした。「完璧」を目指した妥協を許さない美しさへの追求と、その努力の賜物が、このアルバムなのです。